集う人々

田村木国(もこく)の句碑

昭利23年清秋10月諸友、我が還暦を祝し之を建うる
「狩くらは 大月夜なり 寝るとせん 木国」
季題は狩くら 季節は冬
出典 句集「大月夜」北摂能勢猪狩
年代 昭和十五年作

「狩りくらは」狩りの傍題で狩場のこと、狩りの行われるのはあすで、作者は前夜から狩人小屋に来ていて、そこから眺めるあすの狩場は、冬の月がこうこうと照っています。あすの好日は疑いなく、そこに展開されるであろう修羅場を思いやるにも心が引きしまる。「寝るとせん」と決意を飲み込むような止めは「狩りくらは大月夜なり」の情の高潮とよく呼応して、狩りくらの壮大な美しさをみごとに描いています。

本名、省三。明治22年和歌山県生まれ。記者生活40年、当初は朝日新聞にて今の高校野球の前身である「全国中等学校優勝野球大会」の創設にかかわり活躍しました。のち毎日新聞に移り、終身名誉職員となります。ホトトギスの同人として『山茶花』を主催しました。木国の貧乏話は俳句仲間で有名であり、この句碑の建立式の時も日野草城が、その祝辞のなかで木国の貧乏暮らしにふれ、集まった人々の拍手がしばらく鳴り止まなかったといわれています。昭和39年75歳で亡くなりました。

田村木国の句碑
田村木国の句碑