萩の寺ならではの永代納骨供養の特徴『彩』

特徴のひとつ『彩』について

萩の寺の「萩の花」が死者に手向けるお供養の花として植えられていることを知っている方は少ないでしょう。

天平年間(735年)、大阪に立ち寄った高僧・行基は淀川のほとりに何千という人の亡骸が山積みにされているのを見て驚きました。実はその場所は「浜の墓」と呼ばれ火葬のない時代、地域の方々のご遺体を水葬・風葬として葬るお墓でした。その光景を見かねた行基は、日本で初めて民衆火葬の方法を伝授することを決意します。読経が終わり、火葬されたご遺骨を土の中に埋葬した行基は、霊を鎮めるため自らが彫った薬師如来像をその上に安置します。そして淀川のほとりに群生していた萩の花を、供養花としてその墓前に植えました。それを見ていた人々は、皆その薬師如来像の周りに萩の花を供養の心とともに植えていきます。やがて、薬師如来像には屋根がつけられ、薬師堂となりました。薬師堂の周りを見渡すと、そこにはいつしか萩の森ができていたと言います。これが萩の寺の始まりです。

萩の寺の永代納骨供養は、大切な方々を『吉祥林永代塔』にお祀りし、切なる思いのこもった萩の花、その他たくさんの種類の供養花に彩られながら、心からの安心を手に入れることができるでしょう。